実体験

【うつ病経験談】第16話 ハラミちゃんとの出会い(うつパパ闘病記)

2020年10月6日(火)。

この日、休職中の僕の中で大きく歯車が動き出すことになるとは全く思っていなかった。

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突然の出会い

前回の第15回でも書いた僕に光を与えてくれた人物というのは、ハラミちゃんという人物だった。

ハラミちゃんがうつ病になってしまった僕を今の僕に戻してくれた、いや、進化させてくれたきっかけを与えてくれた人物。

いわば恩人といっても過言ではない。

 

もし、あの日、いつものようにフジテレビのとくダネ!を見ていなかったら。

しかも普段の30分の朝食のタイミングがあの時間帯でなかったら。

そもそもとくダネ!を見ているのは小学生の頃から家で見ていたから。

これが違う朝の情報番組の家庭で育っていたら気づかず2021年1月現在も寝込んでいたかもしれない。(ちなみに妻はスッキリ!派です。)

それくらい運命的な出会いだった。

 

この日はたまたま、朝の登園がいつもよりも遅れ、その分コロナのニュースは終わり、

朝食の頃の30分はちょうどハラミちゃんの特集をしている時間帯だったのだ。

ハラミちゃんとは何者なのか?

知っている人は知っているだろう。

もうとっくに有名なYouTuberでもありストリートピアニストの方だ。

絶対音感の持ち主で、どんな曲も譜面なしで即興で弾くことが出来、

ストリートピアノを弾いたからにはすぐさまその音色に引き寄せられ人だかりができる。

そんなすごい人物なのだ。

とくダネ!の特集でも伝えていたが、最初からこの状態で有名になったわけではもちろんない。

”元々は音大出身で、一度ピアニストになる夢を諦め、普通の会社員として就職。

しかし頑張りすぎてしまうという性格が災いしたようで、うつ病かどうかは不明だが、体調を崩し、休職。

その後、仲の良かった同僚の先輩のススメで都庁のストリートピアノでRADWIMPSの前前前世を演奏した動画をYouTubeにアップしたところ、瞬く間に再生回数が伸び、一躍有名人に。

以来テレビ出演やCDやDVDを発売など、現在は元々の夢だったピアニストの道を歩んでいる。”

出典:Wikipediaより抜粋

何よりすごいのが絶対音感があるとはいえ、即興で主旋律だけではなく伴奏も完璧に弾けてしまうところ。

そして、その音色に、これまで何をしても響かなかった僕の心に一筋の光を与えてくれた。

 

一応僕も自慢ではないが、絶対音感とまではいかないが、幼稚園から高校2年までエレクトーンをやっていて県大会で優秀賞を受賞したこともある。

賞を取るためには普通に楽譜の発売されている曲ではなく、先生の選曲したクラシックなどのCDを耳コピして、自分で譜面を起こし、編曲して大会に臨む。

結果県大会どまりで全国大会まではいかなかったが、今でも主旋律だけなら譜面なしでも僕も即興で弾くことが可能だ。

けど伴奏つきでしかもノーミスとなるとレベルが違いすぎる。

 

とにかく圧倒され、普段雑音でしかなかったTVでも、ハラミちゃんの特集にだけは集中して観ることができた。

ちなみにハラミちゃんの映像は以下のYouTubeを観てほしい。

知らない人は凄さが伝わると思う。

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正直うらやましかった

私
同じ休職を経験している共通点もある。なのにこの差はなんなのだろう。僕は今まで何になりたかったのだろう?

 

そう。休職した点は共通点でも共通していないことがある。

それはやりたいことの有無だ。

ハラミちゃんは元々ピアニストを目指して一度断念したが、休職して、たまたま弾いたストリートピアノで注目され、結果的に夢がかなっている。

一方の僕は休職したまでは共通しているが、元々の夢が存在していない。

 

いや、というより叶っていたはずなのだ。

第1話で書いたが、東京で働く叔父に憧れ、

 

私
いつか僕も叔父さんのように東京で会社員としてバリバリ働きたい!

 

叶っているはずだった。

なのにどうして今、こうなった。

本当に会社員が夢だった?

改めて人生を振り返ってみたら、あることに気が付いた。

ただ普通のレールを走っていただけ

最初に断っておくが親のせいでも環境のせいにしているわけではない。

 

親の勧めで将来の就職まで考え、中学受験をし、中高一貫校の進学校に入学したため、高校受験は回避。

その後、東京へのあこがれから現役合格の条件で、東京の有名私大を受験させてもらい、落ちたら、地元の国立大学へ行く。

裕福な家庭ではなかったので親としては当然の願いだった。

とはいえ、地元の広島大学はなかなかの偏差値は必要で、自分の学力ではまず受からない。

なので得意な化学とセンター試験で合否を決めてくれる隣の山口大学を受験することにした。

親は浪人して広島大学を目指してもいいと言ってくれたが、当時高校生の僕は東京に憧れていた。

現役合格にこだわり、とはいえ、東大や東京工大、横浜国大などは学力的に厳しいので、

就職にも有利そうな東京の有名私大3つを受験させてもらい、見事2つに現役で合格。

そのうち学費の安い方の大学に通うことにした。

 

ちなみに山口大学も合格したが、こちらは申し訳ないが進まなかった。

東京にはあこがれだった叔父夫妻が、山口にも親戚がいたため、どちらでも下宿はあったが、山口は今は亡き祖父がいた。

 

祖父「なぜ合格したのに来てくれんのじゃ…」

 

今でもあの残念そうな顔を思い出す。

ごめんね。おじいちゃん。

東京で大学生活楽しんで、そのまま就職したかったんだよ。

その後、得意の化学を活かして合成化学の研究室に進み、大学院を経て、その経験を活かせる製薬業界に就職。

晴れて夢の東京での会社員になれたわけだ。

本当に夢は会社員?

製薬業界にあこがれがあったことは嘘ではない。

元々、当時週刊マガジンで連載されていた「ゴッドハンド輝」という医療漫画にハマり、

 

私
将来は医療系に進みたいな!

 

と思ったのも嘘ではないからだ。

けど、就職したのは病院ではなく会社。

確かに薬に関することなので医療はあっているけど、何か違う。

そして僕は化学は得意だったが、物理は大の苦手だった。

高校時代、化学は100点近辺が取れるのに、物理は赤点付近をうろうろと極端だった。

 

そして、今の仕事もどんどんIT化して、物理のような数式の羅列を理解しないと仕事にならない。

転職した結果、その10年近くの社歴が仇となり、教えていただけるのも最低限。

苦手な分野で会社員をやっている状態になっていた。

 

私
けど絶対にハラミちゃんのように本気で夢中になったものがあるはず!

 

ようやく休職して初めて、何かをしてみたい、探してみたいという意欲が湧くようになった。

この後さらにうつ病は改善への道へ突き進むのだが、きっかけを与えてくれたのは間違えなくハラミちゃんだった。

本当に彼女には感謝してもしきれないし、その日からファンになり、

今では発売されたCD、DVDは初回生産版で全て持っているほどだ。

ちなみに彼女はTwitterをやっているのでよかったらフォローしてチェックしてみてくださいね。

@harami_piano

 

私
とりあえずもう一度自分のこれまでの人生を振り返ろう。途中で何か諦めたやりたかったことがあるはず!

 

 

また余談ではあるが、まだうつパパ闘病記を構想していなかったときにたまたまハラミちゃんの宣伝ツイートを引用RTしたところ、ハラミちゃんご本人からいいねを頂けた。

これにより感動し、益々ファンになった。

結局柏も武蔵小杉も都合が合わなかったのと娘の体調不良で行けなかったけど、

コロナが落ち着いたら娘にライブで聞かせたいと思っている。

 

とにかくハラミちゃんのおかげで、急に意欲が戻り、

その日から自分の本当にやりたいこと探しが始まった。

第17話に続く

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ABOUT ME
あすはや
娘(4)のパパ / ブロガー兼電子書籍ライター / 激務でうつ病に→休職→孤独が嫌でSNS開始→退職→脱サラして電子書籍ライターに /